教育研究業績の一覧

渡部 洋
A 教育業績
教育実践上の主な業績 年月日概要
1 教育内容・方法の工夫(授業評価等を含む)
1 日本語を使わない実践型の授業 1995-08-20 ~ 1995年から1999年までの夏季休暇期間約一ヶ月の中国語学研修に毎年引率者として参加し、1996年からは研修のための事前講義も担当した。この講義では学生に現地での授業で用いるであろう慣用表現や日常生活で使用する言葉などを習得させた後、日本語を使わず、中国語だけを使った実践的な講義を行い、現地での中国人の教員による授業に対応した。この事前講義の効果は良好で現地での授業についていけない学生はいなかった。後に2002年、2005年と同じく中国語学研修の引率を担当し、上記と同様のを事前授業を行い、その効果は大変良好であった。
2 中国研修の文化学習 1996-08-04
~1996-08-31
今年度から北京での語学研修は旅行が無くなりほぼ一カ月北京に滞在するだけのものになった。そこで中国の伝統芸の切り紙や太極拳等の体験学習、日本では見ない京劇や雑技の鑑賞を平常の中国語学習以外のカリキュラムに取り入れ中国の文化に親近感を持たせた。参加した学生は帰国後、中国をより身近に意識し、より一層中国語の学習に対し積極的になり、好い教育効果が生じた。そのため以後の研修には上記の体験型の活動を設けるようになった。
3 コンベンショナルフレイズの活用 2010-04-01 ~ 中国語の授業において2つの取り組みを行っている。1つは中国式の出欠を取ることである。各履修者の名前を中国語音で呼び呼ばれた履修者は「タオ」(到:到着していますという意味)と判事してもらうようにしている。これにより履修者は中国語音の名前を憶え中国語音に対して親しみをもつ。もう1つは履修者に向かっての要求や質問はできるだけ中国語で行う。例えば、「読んでください」、「どういう意味ですか?」、「大きな声で言ってください」等である。こうした中国語での質問を徐々に増やしていくのである。この教育効果は中国語での要求や質問の表現方法と基本単語の使用方法を習得するのに役に立ち、更にはヒアリング能力を多少なりとも身につけることができる。後半の授業ではほとんど中国語を使って進めることができるので中国語の力がかなり身についているものと考える。
4 映像機器を使っての異文化理解 2013-04-01 ~ 中国の清末から中華人民共和国建国前後までの映画の歴史を通して中国の近代史、文化、風俗について考察する授業であるが、映像機器を使って当時の映画の一部を見ながらの学習である。画像にによる効果は大きいのとあまり知られていない中国映画史なので受講者は新鮮に感じるようである。受講者もビジュアル的な教材を使用することで集中力が高められ、それは受講者の理解度の向上にもつながっている。
5 ミニ論文作成作業による体験型学習法 2014-04-01
~2015-03-31
漢代の「列女伝」の読解を通して当時理想とされた女性について考える授業である。最終講義は受講者に筆記のミニ論文を完成させる。授業で取り上げた「列女伝」の女性たちに共通する点や異なる点を取りあげて、それらの根拠となる原文部分とを一緒に書いてもらう。その後現代女性との対照比較を行った結果も書いてもらう。このことで根拠のあることの重要性を理解し、その後の卒業論文作成作業をスムーズに進めることができた。
6 添削と清書の反復学習法 2016-04-01 ~ 担当する2年・3年のゼミに於いて毎回テーマを与え300字からの文章を提出してもらい、次の授業に添削した文章を返す。そして清書したものを更に提出して終わるということを繰り返し行った。添削する際には、必ず朱書きで良い点を文章の後に書いておく。そうすることによって書くことが苦痛でなくなり、書いてくる字数も増えて書くことのコンプレックスを小さくしたり、無くすことができた。
7 アンケート調査による積極性の向上 2016-04-01 ~ 演習の授業でアンケート調査を行うことで授業に対しての積極性が向上し、異文化の理解に貪欲になる。方法は学生全員でどのような目的でアンケート調査をするか検討し、その後設問を考え作成する。そして日にちと場所を決めて京都の観光にきた中国人に対しアンケートを実施し、その結果からミニ論文を書いてもらったり、学生それぞれの卒業論文作成のためのデータにする。このアンケート実践後の学生たちの演習への取り組みは実践前と異なり、より積極的で独自の視点で異文化を理解しようとする。
8 1年生ゼミのグループディスカッションの有効利用 2017-04-01
~2017-07-18
1年生ゼミの担当し、できるだけ学生同士のコミニュケーションを活発化させる目的で学生たちを五つの班に分け胸に名前をと班名を書いたカードを胸にぶらさげてもらい、更に机も班ごとに並べ自己紹介を班ごとに行い、学生同士の理解を深めさせた。そして授業時に課題を与え、各班で討論し最後に班でだした結果をそれぞれの班の代表に発表させた。この方法で意見を言うことの恐怖や意見の違いの面白さを知ってもらった。
9 昼の休憩時間を使った中国語学習の集中トレイニング 2017-09-01
~2018-03-31
2017年秋からグローバルスクウェヤーの中国語講座として週一回昼休みの時間を使って中国語の基礎学習を行った。内容は発音練習の徹底と基本的なフレーズを何度も繰り返ししゃべらせるというものだが、毎週一回に30分集中して行うために効果は一月一回長時間の中国語講座よりも良い結果を生むことが分かった。例えば、発音が下手で発話するのも難しかった学生が上手な発音で簡単な会話もできるようになった。
10 3年生の卒業論文への認識の向上 2017-11-24 4学年の卒業論文の取り組みを3年生に理解してもらうために
3年生の授業時に4学年の卒業論文の中間発表を行った。約1人10分程度の発表であったが、3年生は上級生の卒論への取り組みを理解し次の自分たちの卒論テーマのヒントになったようである。4年生の発表者もレジメを作り自分の卒論の問題点を明らかにすることができ、大変有意義であった。
11 新型コロナ感染拡大状況の中での国際文化演習Ⅲa-6の取り組み 2020-04-28
~2020-07-14
新型コロナ感染拡大を受けて緊急事態宣言が発せられ、実質5月の連休前まで休校が続き、その後リモートでの授業を行うこととなった。但し、学生の準備するリモート用機器や家庭での環境は良くなく、機器の持つものと持たないものとの不公平さは顕著であるので、オオタニユニパを使った課題授業を行った。教材は教員の渡部独自で編纂した物を使った。その教材は90年代の中国社会を背景にした婚姻を扱ったドラマを編集したものである。方法はユニパでそれを学生に送り、期限を決めてドラマの中国語を日本語に訳し、送り返してもらい、こちらでそれを点検し、模範訳を送り点検してもらうという単純な方法であったが、このような前期の課題授業を通して中国語の資料を読めるほどの読解力を身につけられたようだし、また、90年代の中国の社会状況や風俗習慣を理解できるようになるという良い結果を生んだ。
12 中国語Ⅱa-2の課題授業における工夫 2020-05-13
~2020-08-31
2020年度の前期授業は新型コロナウイルスの感染拡大の影響を受け、前期は対面授業ができない状態であった。リモートでの授業をせざるを得ないような状況で学生も教員もリモートでの教育に不慣れなため、大谷ユニパを使った課題授業で授業を進めることにした。ユニパを通して教科書の練習問題を期限を決めて行ってもらい、提出しもらった。教員側は提出してもらった練習問題でわかった理解不十分なところについて毎回コメント伝えて、学生に点検してもらった。この方法で授業を進め、7月15日に到達度確認試験を学生に送り、期日までに学生から送り返された試験を採点し、これまでの提出物の評価も加え、総合的評価を行い、各学生の評価とした。この方法で後期の対面授業に自然と入れたことで前期はなんとか対応できていたと思った。
2 作成した教科書、教材、参考書
1 『劉知遠諸宮調語彙索引』好文出版 1996-01-25 語彙索引となっているが、実際は「劉知遠諸宮調」の影印が付されていて、並べてある語彙には内田道夫氏の『校注劉知遠諸宮調』の注釈番号と藍立蓂氏の『劉知遠諸宮調校注』の注釈番号が付してある。文字もほぼ影印本のものとおなじように作字してあるので宋金元の文字を知る上で役立つものとなっている。今では宋金時代の文献を読解するための必須の参考図書となっている。そのため、すぐに完売し絶版になっている。
2 国際文化演習Ⅰの教科書 2019-07-00
~2020-03-31
2019年度の学長裁量経費として認められた国際文化演習Ⅰの教科書作成であるが、中国のついての基礎知識として必ず知っておかなければならない中国清末からの近代における歩みを書き投稿して記載された。
3 教育方法・教育実践に関する発表、講演等
1 第一部会の部落差別についての発表 2005-10-26 人権センターで4月から月に1,2度第一部会を担当する織田先生を中心になって部落差別について学習し、委員同士で討論するなどして差別の問題に対して理解を深めた。そして委員が各々差別問題についてまとめたものを10月26日の全学学習会で演台に立ち、30分の発表を行った。
[総時間:30分]
2 オープンキャンパス・模擬授業 2014-08-24 「中国の曙と発展」という題で中国映画の発展史を紹介した後、大学でのこうした講義の聞き方やレポートの書き方について説明した。また、父兄の参加者が多かったので、大学入学後、大学の授業に対しどのような取り組みをすると有意義であるか述べた。
[総時間50分]
4 その他教育活動上特記すべき事項
1 関西大学での非常勤を対象にした外国語教育のFD研修 2021-03-11 関西大学主催の外国語教育に関してのFD研修に参加した。方法はズームで14時30分~15時30分の研修であった。内容は主にコロナ禍での外国語教育の手法についてであった。基本は対面授業であるが、緊急事態宣言が出た時の対応や出ていなくても学生本人が対面を拒否した場合にリモートの授業のクラスに振り分けることの確認などが話された。このFDの講演者は関西大学文学部の山崎直樹教授で、各教科毎に文書ライブラリーというものを作り、そこのデジタル化された教科書及び参考図書なども、授業でこれを使用する場合の方法も述べられた。その後述べられた事に関して質疑応答が行われた。
B 職務実績
1 学生部委員会 1995-04-01
~1999-03-31
学生部委員会の委員になり様々な学生生活を助ける仕事を連続5年務めた。主に年一回11月にある約一週間の学園祭に大学に来て他の委員と交代で大学内を見回り、夜はサントリー酒場ではめをはずした行動をしないか監視する。また、学園祭初日は学生部の委員が屋台をだし、学生にそば、サンドイッチ、ジュース、ビールをくばり学園祭をより充実したものにする補助的な作業を行う。また、5年間、特に大きな事件もなく、学生に良好な学生生活を送らせることができた。
2 東北師範大学訪問団の大谷大学訪問での通訳 1997-07-04
~1997-07-06
東北師範大学から史寧中副校長一行が大谷大学を訪問する。4日から6日の間お世話をし、京都を案内する。副校長は日本語ができるので 他の留学生部主任劉起発氏や副主任の楊林等の通訳をする。この訪問で東北師範大学と大谷大学の交際交流がより進む。
3 北京師範大学創立95周年記念式典での通訳 1997-10-03
~1997-10-06
小川一乗文学部長に随行し北京師範大学創立95周年記念式典に参加する。主に北京師範大学の陸学長及び関係者の会談を通訳する。この訪問により北京師範大学と大谷大学との国際交流がより深まる。
4 中国文学会学術公開講演会の通訳 1999-01-13 中国社会科学院・京都大学大学院客員教授蒋寅氏が「批評家としての厳羽」という題で講演をし、その通訳をする。質疑応答も入れ1時間30分の講演で、難解な宋代の詞の世界の内容だったので苦労した通訳であったが、講演に聞きに来た学生達は内容を理解し宋代の詞の世界に興味をもったようである。
[総時間:120分]
5 吉林省教育委員会・長春市人民政府・東北師範大学主催の「国際教育論壇」と共同研究調査のための訪問等での通訳 1999-08-17
~1999-08-22
「国際教育論壇」への参加と共同研究調査のため東北師範大学を訪問した訓覇学長と藤島教授の通訳を務める。この訪問により後の学術交流共同研究会の開催への道筋ができる。
6 首都師範大学開学50周年記念式典、学長シンポジウムでの通訳 2004-10-05
~2004-10-06
首都師範大学開学50周年記念式典、学長シンポジウムへ参加する宮下文学部長・学長代理、小川名誉教授、沙加戸真宗総合学術センター長等に随行し、首都師範大学学長との会談、シンポジウムなどで通訳を務める。
7 大谷大学真宗総合研究所の「一般研究」の研究活動 2009-04-01
~2010-03-31
「元朝期の言語接触に関する文献学的研究」というテーマで研究班の代表となり元代の碑文についての研究活動を行い、2010年に基盤研究Cの科学研究費を獲得する
8 科学研究費助成事業の外部資金の獲得 2010-04-01
~2013-03-31
科学研究費助成事業(基盤研究C)に採択され、250万円の外部資金を獲得し、「元朝~明朝初期の言語接触に関する文献学的研究」(研究課題番号22520446)を研究テーマにした研究班の研究代表者を務めた。研究成果として学術論文の「漢文・モンゴル文対訳「達魯花赤竹君の碑」(1338年)」を『真宗総合研究所研究紀要』第29号に掲載する。
9 国際文化学科の学科主任 2012-04-01
~2013-03-31
学科主任として所定の公務を行う中、インド舞踊、ドイツ領事館関係のドイツ人の講演等の対外的行事の運営責任者となる。また、助教採用に於ける不公平を是正するため、会議に諮り文化別に助教を1人置けるような体制にした。
10 国際文化学科主催のインド舞踊講演の運営責任者 2012-05-29 インド領事も出席することとなったインド舞踊が国際文化学科主催で行われた。その時主任であった私はショバ先生、三宅先生の協力のおかげこの催しをやり遂げる事ができた。この催しには学生だけでなく一般の人達が大勢足を運んでくれた。舞踊終了後もインド領事のスピーチや演者との交流があり、今後の大谷大学とインドとの国際交流に貢献した催しであった。
11 大谷大学真宗総合研究所の「一般研究」の研究活動 2013-04-01
~2014-03-31
「80年代後の北京語に関する調査研究」というテーマで大谷大学真宗総合研究所「一般研究」の研究費を獲得し、上海・北京での北京語のアンケート調査の活動を行い、更に80年代後の北京語に関する資料作成のために北京を舞台にした中国ドラマ「裸婚時代」の台詞のデーターベースを作成した。
12 中国語検定の試験監督 2017-09-01
~2000-03-31
大谷大学の支援の下中国語検定試験が大谷大学で行われるようになり、その試験監督を3年務めた。大谷大学の学生も多くこの検定試験に参加し3級を取得するものが多くいた。また、対外的にも大谷大学が積極的に中国語学習に取り組んでいることをアピールすることができた。また、大谷大学の学生も積極的に検定試験の各級取得を目的に検定試験のための臨時的な講義を求めてくることもあった。
13 SD研修会「2020年度自己点検・評価活動」への参加 2020-09-25 学長補佐の高橋真氏により「2020年度自己点検・評価活動」についてお話があり、大学教育における自己点検と評価活動の重要性を述べられてた。述べられたことを実践するのはある意味、難しいかもしれないが、今後の我々教育に従事する者にとっては大切な事なので今後の教育の質の向上のためにいろいろ考えさせられた。また2022年度の認証評価受審に向けて国際文化学科の一教員として自己点検・評価報告に貢献しようと思った。
14 ズームによるKU-ORCAS国際シンポジュウム
「研究クラウドファンディング報告会ーバチカン収蔵東アジア関連史料に見る日本ー」
2021-03-20 KU-ORCAS国際シンポジュウムがズームで開催され、これに参加した。関西大学の内田慶市教授が開会の挨拶をされ、ドイツ、イタリア、新潟、大阪各地の研究者も発表者した。主にバチカン図書館、及びバチカン関係機関とも言えるウルバニアーナ大学の図書館には数多くの東アジア・日本関連史料が所蔵されている。今回その史料の整理の進展やデジタルアーカイブ化、史料の性質や分析を如何に行っていくかについて、講演され討議することになった。アジアに関係するバチカン所蔵の史料は14,5世紀から収集されたものであるので、今後の人類の言語や文化の研究に大いに今寄与するものとなる。
C 学会等及び社会における主な活動
所属期間及び主な活動の期間 学会等及び社会における主な活動
1 1989-04-00~0000-00-00 日本中国語学会会員
2 1989-04-00~0000-00-00 日本中国学会会員
3 1994-04-00~0000-00-00 大谷大学文藝学会会員
4 2017-03-30~0000-00-00 中国語教授法研究会会員
D 研究活動
著書、学術論文等の名称単著、
共著の別
発行又は
発表の年月
発行所、発表雑誌等
又は
発表学会の名称
概要
Ⅰ著書
以上0点
Ⅱ学術論文
1 《劉知遠諸宮調》的語法特徴
-《劉知遠》裏的「恁」形式和副詞-
単著 1991-12-00『中国学志』訟号 《朱子語類》《劉知遠諸宮調》《薫解元西廂記》《元曲選》等の資料の中に見る「恁」形式と副詞の出現状況を調査し《劉知遠諸宮調》のみに見られる「恁」形式と数種類の副詞を取り上げて論じた。
掲載頁数8頁(本人担当1~8頁)
2 宋金時に於ける南北の動補構造の形式についての一考察単著 1994-09-00『文藝論叢』第43号
大谷大学文藝学會
「劉知遠諸宮調」「董解元西廂記」「朱子語類」等の資料に見られる動補構造を調査した。そして可能補語に於いて動詞と補語の間に目的語をはさむ形式からはさまない形式に変化してゆくそうした大きい流れの中で宋金時ではどのような状況であったのかを論じた。
掲載頁数11頁(本人担当27~37頁)
3 「朱子語類」における 
 否定副詞”没”
 -”没”が前置される成分について-
単著 1998-10-00『大谷学報』
第77巻 第3号
大谷学会
動作の末完了を表す<没>が元明期に見られることはよく知られているが、元明以前の<没>の用法についてはあまり知られていない。元明期<没>が用法上変化を生じるに至った要因を探るためには宋代の<没>の状況を調査する必要がある。その調査のひとつとして、本論では主に宋代の口語資科「朱子語類」の中の<没>と<没>が前置される成分を調査した後、「朱
子語類」に近い時代の資科に見られる<没>と比較検討し当時の<没>の用法について論じた。
掲載頁数16頁(本人担当1~16頁)
4 「元曲選」における否
 定副詞”没”
 -”没”が前置される
 表現形式について-
単著 1999-09-00『文藝論叢』第53号 大谷大学文藝学會

「元曲選」に見られる否定副詞<没>の使用状況は宋代の頃と著しく異なる。「元曲選」は明代にかなり書き換えられており、その中の<没>を使った表現形式に宋元期のものと異なるところがある。本論ではこの「元曲選」の中で見られる<没>の表現形式を調査した後、他の「朱子語類」「元本琵琶記」「元刊雑劇三十種」等の資料に見られる<没>の表現形式と比較検討し「元曲選」の<没>の表現形式の特徴を明らかにしようと試みた。
掲載頁数14頁(本人担当1~14頁)
5 元雑劇に見る明代の<没>と<無>について単著 2000-09-00『文芸論叢』第55号
大谷大学文芸学会
先行研究により元明代では<没>が口頭語の中で優勢になったものと推定されているが、明代でのその状況があまり明らかにされていない。これを解明する1つの試みとして、拙論では明代前期に成立した内府本系諸本と明代後期に成立した「元曲選」に見える<没>と<無>を比較検討し、そこから明代の前期と後期における<没>と<無>の使用状況の変化を述べた。
掲載頁数17頁(本人担当11~28頁)
6 元明の<没>と<没有>についての一考察単著 2001-04-00『大谷学報』
第80巻第2号

宋元期の<没><無><没有>等の否定詞について研究はされてきたが、それぞれの否定詞における使用状況の変化や<没有>の形成時期については、まだ多分に研究検討の余地がある。拙論では最近発見された「旧本老乞大」と筆者の目にすることのできる宋元期の信用しうる資料から抽出した所有存在の否定を表す否定詞を比較検討し、<没>と<没有>の使用状況について考察した。
掲載頁数12頁(本人担当1~12頁)
7 元代の<底>と<的>に
ついて
単著 2004-03-00『文藝論叢』第62号大谷大学文藝学会 「元代白話碑集録」と「大元聖政國朝典章」の資料から<底>と<的>の語彙を抽出し更にそれぞれ使用した年代を整理した。これにより元代における<底>から<的>への移行状況をある程度はっきりさせることができた。特に元初まで<底>は優勢であったが、元貞二年ごろには<的>を多用するようになっていたことがわかり、元明期での口語資料の成立時期を知る上で1つの根拠となりえるものを提示することができた。
掲載頁数10頁(本人担当397~407頁)
8 <底>から<的>への交代状況からわかること単著 2010-07-15『大谷学報』第89巻第2号 拙論では主に『元代白話碑文集録』と『景印元本大元聖政國朝典章』の中の構造助詞<底>と<的>について調べ元初多用された<底>が元代のどの時期から<的>に取って代わられてあまり使われなくなったのかを明らかにした。そして<底>と<的>の使用頻度からどの時期に成立したか不明であった『語録』、『董西廂』、『元刊雑劇三十種』、『花關索傳』等の文献の成立時期を推定してみた。また、同様の方法で『全相平話五種』の中の各平話の成立時期が異なっている可能性があることを指摘した。
掲載頁数25頁(本人担当19~44頁)
9 漢文・モンゴル文対訳「達魯花赤竹君の碑」(1338年)訳注稿共著 2012-03-31『真宗総合研究所研究紀要』第29号大谷大学
(平成22~24年度科学研究成果報告書)
一つの試みとして漢語・モンゴル語バイリンガルで書かれた碑文「達魯花赤竹君の碑」の訳注を作成した。この碑文は現存しておらず、拓影だけが残っている。この碑文についてはクリーヴスがすでに研究しており論文にも詳細に述べられている。ただ、彼の研究からもうすでに半世紀が過ぎており、各関連分野の研究も進んでいる。そのためこの訳注は彼の研究成果に依拠しながら補訂の必要なところは補訂し、又新たな知見を盛り込む必要のあるところがあれば書き入れて出来上がった。また、今回研究班メンバーの各分野の専門家の知識と知恵を集約することで日本語の試訳と注釈を提示することができ、容易にこの史料を利用できるようになった。今後の元代碑文の研究に大変意義のあるものであると考える。
掲載頁数131頁(本人担当163頁、164頁)
編者:渡部洋、松川節、古松崇志 
分担執筆:渡部洋 松川節、古松崇志、石野一晴、
     毛利英介、伴真一朗、清水奈都紀
10 現代北京語に関する調査研究
ー中国ドラマ「裸婚時代」第一集前半の訳注ー
共著 2013-03-14『文藝論叢』第80号 大谷大学文藝学会 80年代からこれまでの中国の経済発展は中国の社会を大きく変え、それは言語面においても大きな影響を与えている。この訳注はそうした影響で北京語がどのような状況になっているのかを明らかにするための研究資料を作成することを目的としたものである。中国ドラマ「裸婚時代」は舞台が北京で登場人物もほとんどが北京在住であり、80年代以後に生まれた青年たちを中心に描かれている。そこでこのドラマの台詞を考察し、80年代以後の北京語、流行語、若者言葉及び標準語語彙などを訳注のかたちで明らかにしようとした。ここでは第一集の前半の台詞を考察した。
[掲載頁数33頁](本人担当89~97頁、109~112頁、118~122頁)
編者:渡部洋
分担執筆:渡部洋、早川智美、清水由香里
11 「現代北京語に関する調査研究」
ー中国ドラマ「裸婚時代」第一集後半の訳注ー
共著 2013-10-14『文藝論叢』第81号 大谷大学文藝学会
先の『文藝論叢』第80号に掲載した「現代北京語に関する調査研究」を継続したものである。ここでは第一集の後半の台詞を考察した後、訳注を作り、その中で80年代以後の北京語、流行語、若者言葉及び標準語語彙などについて述べた。
掲載頁数55頁(本人担当1~4頁、14~22頁、44~55頁)
編者:渡部洋
分担執筆:渡部洋、早川智美、清水由香里
12 現代北京語に関する調査研究
ー中国ドラマ「裸婚時代」第二集Chapter02-01~02-04の訳注ー
共著 2014-03-14『文藝論叢』第82号 大谷大学文藝学会 先の『文藝論叢』第81号に掲載した「現代北京語に関する調査研究」を継続したものである。ここでは第二集の第一場面から第四場面の台詞を考察した後、訳注をつくり、その中で80年代以後の北京語、流行語、若者言葉及び標準語語彙などについて述べた。
掲載頁数38頁(本人担当1~4頁、17~28頁、33~38頁)
編者:渡部洋
分担執筆:渡部洋、早川智美、清水由香里、湯佳偉
13 「現代北京語に関する調査研究ー中国ドラマ
「裸婚時代」第二集Chapter02_05~Chapter
02_07の訳注ー」
共著 2014-10-14『文藝論叢』第83号 大谷大学文藝学会 先の『文藝論叢』第82号に掲載した「現代北京語に関する調査研究」を継続したものである。ここでは第五場面から第7場面までの台詞考察した後、訳注を作りその中で80年代以後の北京語、流行語、若者言葉及び標準語語彙について述べた。
掲載頁数25頁(本人担当16~19頁、31~41頁)
編者:渡部洋
分担執筆:渡部洋 早川智美 清水由香里
14 「現代北京語に関する調査研究ー中国ドラマ「裸婚時代」第二集Chapter02_08~02_17-1の訳注ー」共著 2015-03-14『文藝論叢』 第84号 大谷大学文藝学会 先の『文藝論叢』第83号に掲載した「現代北京語に関する調査研究」を継続するものである。ここでは第二集の第8場面から第17場面の前半までの台詞を考察した後、訳注を作り、その中で80年代以後の北着京語、流行語、若者言葉及び標準語語彙について述べた。
掲載頁数32頁(本人担当1~16頁、18~24頁、29~32頁)
編者:渡部洋
分担執筆:渡部洋、早川智美、清水由香里、王秀梅,有松志保
15 「裸婚時代」の言葉ー第一集ー共著 2015-03-31『大谷大学真宗総合研究所研究紀要』第32号
大谷大学真宗総合研究所
中国ドラマ「裸婚時代」の台詞から元々北京語であった語彙と今も北京語として使用されている語彙を抽出し、整理した。
掲載頁数112頁(本人担当163~231頁、253~275頁)
編者:渡部洋
分担執筆者:柴田みゆき 早川智美 清水由香里
16 現代北京語に関する調査研究ー中国ドラマ「裸婚時代」第二集Chapter02_17-2~Chapter02_25の訳注ー共著 2015-10-14『文藝論叢』 第85号 大谷大学文藝学会 先の『文藝論叢』第84号に掲載した「現代北京語に関する調査研究」を継続するものである。ここでは第2集の第17場面の後半から第25場面までの台詞を考察した後、訳注を作り、その中で80年代以後の北京語、流行語、若者言葉及び標準語語彙について述べた。
掲載頁数36頁(本人担当21~22頁、28~33頁、49~57頁)
編者:渡部洋
分担執筆:渡部洋、早川智美、清水由香里、王秀梅、
     施夢倩、孫雪
17 現代北京語に関する調査研究ー中国ドラマ「裸婚時代」第三集Chapter03_01~03_04ー共著 2016-03-00『文藝論叢』第86号 大谷大學文藝學會 先の『文藝論叢』第85号に掲載した「現代北京語に関する調査研究」を継続するものである。ここでは中国ドラマ「裸婚時代」第三集の第1場面から第四場面の台詞を考察した後、訳注を作り、その中で80年代以後の北京語、流行語、若者言葉及び標準語語彙について述べた。
掲載頁数23頁(本人担当14~30頁、35~37頁)
編者:渡部洋
分担執筆者:渡部洋、早川智美、王秀梅 孫雪  
18 アンケート調査からわかる現代北京語の一側面
単著 2016-03-31『真宗総合研究所研究紀要』第33号 
大谷大学真宗総合研究所
大谷大学真宗総合研究所での2013年度の予備研究における研究活動の中で行ったアンケート調査の結果とその結果から見える現代北京語の情況を述べた。
掲載頁数13頁(本人担当59~72頁)
19 現代北京語に関する調査研究ー中国ドラマ「裸婚時代」第三集Chapter03_05~03_09の訳注共著 2016-10-14『文藝論叢』87号 大谷大學文藝學會 中国ドラマ「裸婚時代」第三集の5場面から9場面までの台詞の日本語訳と語句の注釈を掲載した。
掲載頁数20頁(本人担当28~29頁、41~43頁、47~48頁)
編集:渡部洋
分担執筆者:早川智美 王秀梅 三鬼丈知 富山久代
       
20 中国映画「大路」に見る30年代の標準語について単著 2017-03-17『大谷學法』第96巻 第2号 大谷学会 清朝が滅亡して新中国成立までの標準語の実態が明白でないことがわかっている。そこで30年代の中国映画「大路」の台詞を考察し、その結果から当時の標準語の特徴について述べた。
掲載頁数29頁(本人担当21~50頁)
21 類似表現に於ける『北京官話全編』と『児女英雄傳』の違いについて単著 2018-03-31『北京官話全編・論文集』下巻 関西大学東西学術研究所 (2018年3月に出版予定) 旗人が書いた小説『児女英雄傳』の中から類似表現と思われる用例を取り出し、形式別に分類した。そしてそれらと『北京官話全編』に見られる類似表現とで比較対照的考察を行った。その結果一部の類似表現が清末の北京官話に用いられなくなっていたことがわかった。特に『児女英雄傳』中の類似表現に於いてしばしば共起する≪一般≫が『北京官話全編』や清末小説『小額』等の口語の文献には見られなかった。このことから助詞≪一般≫は清末に他の≪一様≫や≪似的≫等の助詞に交代していた点を明らかにした。
掲載頁数15頁(本人担当1~15頁)査読あり
以上21点
Ⅲ 口頭発表・その他
1 「劉知遠諸宮調」的語法その他 1991-01-00修士論文 宋代に栄えた諸宮調のひとつ『劉知遠諸宮調』は後人の手が加わっていない資料なので当時の口頭語を調査する上で大変貴重な史料である。筆者はこれを虚詞の面から調査し整理分類し『劉知遠諸宮調』の虚詞体系を作成した。又『劉知遠諸宮調』と同時代の史料或いはその前後の史料の語彙索引等を調べ『劉知遠諸宮調』にのみ見られる虚詞を抽出し、それらについて論じた。尚、この論文は神戸市外国語大学大学院の慣例に基づきすべて中国語で書いている。
(総頁数156頁)
2 「劉知遠諸宮調」の語法考察口頭発表要旨 1991-06-151991年度大阪市立大学中文学会 宋金時に成立した「劉知遠諸宮調」と「朱子語類」、そして金元期に成立したと思われる「董解元西廂記諸宮調」等の資料を使って当時の口語面における語法上の考察を行なった。その中で「劉知遠諸宮調」に見られる幾つかの特徴を明らかにした。特に<恁>の形式や動補構造についての特徴は、宋金時の中国南北の言語的差異と関係があり、当時の中国北方の言語の変化過程の中で、どのような事を示しているのかを明らかにした。[50分]
3 「劉知遠諸宮調」の語法考察口頭発表 1991-10-27日本中国語学会
第41回大会
中国北方の言語が反映しているとされる「劉知遠諸宮調」と南方の言語が反映している「朱子語類」を言語的な面から調査し二つの資料の相違する<恁>形式や幾つかの副詞について述べた。[30分]
4 諸宮調から見る宋代 の動補構造口頭発表 1994-12-151994年度大谷大学特別研修員研究発表会 「劉知遠諸宮調」「董解元西廂記」「朱子語類」等の資料を使い宋金時の口頭語に於ける動補構造の形式を調査した。そして北方系言語が反映した「劉知遠諸宮調」や「董解元西廂記」の動補構造と南方系言語が反映した「朱子語類」の動補構造を比較分析し可能補語の形式に於いて相違する点を述べた。[30分]
5 <底>から<的>への交代状況についての一考察口頭発表 2007-06-03中国近世語学会 第22回大会 宋代に助詞として使用した<底>は語音の変化によって元代に<的>が代替するようになる。明代になると<的>が使われ<底>は使われなくなった。これは先人の研究により明らかにされているが、これまでこの<底>と<的>2つの文字の交代がどのように進んだのか、或いは混用された時期がいつごろ終わったのかはあまり詳しく述べられる事はなかった。そこで「元代白話碑集録」と「元典章」を中心に行った調査結果から<底>と<的>の交代状況と交代完了時期について述べた。更にその交代状況を基にいくつかの成立時期不明の口語資料のについても考察を試みた。[40分]
6 <底>から<的>への交代状況からわかること口頭発表 2008-10-212008年度大谷学会研究発表会 『景印元本大元聖政國朝典章』中の構造助詞<底>と<的>について調査し、その各助詞の使用頻度を年代順に整理した。その結果、元貞三年には<底>がほとんど使用されず<的>が使用されていたことがわかり、この事から元代のどの時期に成立したのか不明である文献のいくつかについてある程度推定可能であることを述べた。[30分]
7 『北京官話全編』と『児女英雄伝』に於ける類似表現の違いについてポスター発表 2017-02-19平成28年度東西学術研究所言語接触研究班
第17回研究例会
関西大学東西学術研究所で出版された『北京官話全編』は新史料で清朝末期に編纂された中国語会話テキストである。全編当時の北京語が使われており、また中に見る胡同の名称、地名、建築物の名称は当時のもので清朝末の北京の城都を知る史料としても大変価値のあるものである。今回この新史料である『北京官話全編』と清末中期に成立した『児女英雄傳』に於ける類似表現の違いの考察結果を述べた。[10分]
8 『北京官話全編』の活用について口頭発表 2017-12-09第81回大阪市立大学中国学会 『北京官話全編』は鱒澤彰夫氏より関西大学へ寄贈された中国語学習用会話テキストである。著者は明治時代の中国総領事であった深澤暹(1876年~1944年)で未刊行のテキストである。大部のテキストで全部で378章ある。テキストには当時の多くの地名が載っており、ほとんどの胡同名は当時の地図で確認したところ東城区に集中しておりテキストの言葉はほぼ当時の東城区の住民の言葉であり、清末の口語研究に役立つ新史料である。テキストの会話文から当時の北京人の暮らしぶりがよくわかり、当時の満州貴族の風俗習慣についての研究にも役立つ史料であることをいくつかの例を出して説明し、清末の北京の言語及び文化を研究するうえで今後中心となる史料であることも説明した。[50分]
9 『語言問答』の問答三商量 問答四走口頭発表 2019-07-20第一回『語言問答』読書会 トーマス・ウエード(Thomas Francis Wade,1818-1895)の作だとされる『語言問答』は19世紀半ばに西洋人が漢語学習用のテキストである。その中の中国語の会話は当時の北方の中国語が反映されている。そのためこの『語言問答』は当時の北方の中国語を研究する上で極めて重要な文献と言える。今回この中の問答三商量、問答四走二つの項目の中国語会話を日本語に翻訳し、当時の言語的特徴について述べた。特に文字表記のについては「能够」を別の俗字体に変えられていた。また、北方語の特徴である禁止を表す副詞の「別」がすべて「不要」になっていた。こうした俗字体の特徴や語彙的特徴についても調査し発表した。尚、この『語言問答』はこの会を主催する関西大学教授内田慶市氏の所蔵のものである。[30分]
10 『北京官話全編』第86章口頭発表 2020-02-28『北京官話全編』読書会 『北京官話』全編第86章の中国語の翻訳と其の中に見る北京語の特徴について発表した。この章では清朝末期の八旗に対して北京人がどのように思っていたか、八旗に関係する幕僚官僚がどのようなものであったかを知る資料となることを指摘した。北京語においては“怎麽説呢”や“起~”のような標準語にない語彙を指摘した。[30分]
以上10点

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