教育研究業績の一覧

川端 泰幸
A 教育業績
教育実践上の主な業績 年月日概要
1 教育内容・方法の工夫(授業評価等を含む)
1 院生・学部生自主勉強会の支援 2005-00-00 ~ 院生(仏教文化専攻日本文化コース)を中心として開催されている自主勉強会に共に参加し議論を行うと共に、勉強会参加者が自主的に執筆し出版している『仏教文化史叢』をDTPソフトを使用して版組み・校正などの支援を行っている。
2 学生との史跡踏査実施 2005-00-00
~2009-00-00
関心のある学生たちと年に数回中世荘園遺跡の史跡踏査を行っている。また、2005年~2006年、2008年~2009年に担当した「専門の技法〈歴史学〉」では博物館や京都の史跡を訪れ、歴史に触れることができるよう心がけている。
3 画像データを用いた授業 2006-00-00 ~ 担当する授業では出来る限り自分で歩き訪れた史跡・遺跡の写真データをスクリーンで提示しつつ、史料に記されていることが現在どのように残っているのか(道や建物、景観など)を理解してもらえるように工夫している。
4 点訳を前提にした史料講読 2010-00-00
~2013-03-31
視覚に不自由をもつ学生が、文字史料(テキスト)に依拠して研究する歴史学を学ぶことができるよう、漢文テキストを漢字仮名交じりの書き下しに直し、漢字に一切にルビを振ったものをテキストデータ化し、学生たちに配布、学生たちには一言一句辞書レベルの意味を調べさせ、テキストデータとして提出、発表させた。このことにより、一般学生たちも、漢字や語句の読み、意味を曖昧にせず、きっちりと学ぶことができ、視覚に不自由を抱える学生にとっても、今後活用できるテキストの作成ができるようになった。
5 視覚障がい学生のためのweb活用による資料提供 2011-00-00
~2013-03-31
「かな」を基本として音で言葉の意味を理解する視覚障がい学生が表意文字を含む漢文資料や論文を読むことは、かなり困難であるが、web(ホームページ)および、web音声読み上げソフトを活用することによって、正確な漢字、そして読みを理解することができるよう工夫をはかった。web上に全ルビを付したテキスト類をアップロードしたこの方法で、必要があれば該当する単語を選択して、web上で学生が意味などを調べることができるようになり、視覚障がいという条件を抱える学生が、研究活動を、迅速、かつ正確に進めることができるようになった。
6 視覚障がい学生の卒業論文作成指導 2012-00-00
~2013-03-31
視覚障がいを抱える学生が、卒業論文を作成するにあたって、webページ(HTMLファイル)を利用しての先行研究・史料の提供を行った。また、論文執筆の指導においては、メールなどを活用し、データ上での添削指導などを行った。これによって、膨大な量になるとともに、製作・活用にも大変な労力のかかる点訳作業に制約されない研究活動支援のあり方を見いだすことができた。
7 史跡フィールドワーク 2013-00-00 ~ ゼミ学生などを中心に有志に呼びかけ、座学だけではなく、京都を中心とする中世史跡のフィールドワークを実施し、歴史を体験的に学ぶことのできる機会としている(毎年実施)。
8 歩いて学ぶ応仁の乱 2013-09-30
~2013-10-07
高大連携実践研究共同教育プログラムとして、鴨沂高等学校3年生を対象に実施したフィールドワークを中心とする主体的学習授業。明治時代の歴史書を元に「応仁の乱」の経緯を講義するとともに、グループ学習で関連史跡マップを作成、実際に現地を歩いて歴史を学ぶことに取り組んだ。ゼミの学生有志にもボランティアで参加してもらい。高校生と大学生の交流の中で歴史の楽しさを体験してもらう授業とした。
9 2016年度学長裁量経費による教育改革事業「真宗寺院調査をつうじた、地域の歴史と文化発見・体験教育プログラム」 2016-09-11
~2016-09-13
2016年度、学長裁量経費による教育改革事業の一つとして採択された「真宗寺院調査をつうじた、地域の歴史真宗寺院調査をつうじた、地域の歴史と文化発見・体験教育プログラム」では、ひごろ現地調査などに赴く機会の少ない学生にフィールドを提供し、そこでの体験をふまえて他の学生を牽引していくコアとなる学生を育成することを目的として取り組んだ。南丹市美山町の真宗大谷派寺院で、2泊3日の合宿形式でのぞんだプログラムでは、参加学生が本物の史料に触れ、調書を作成し、撮影するということを体験し、感動と発見がもたらされた。また、文化財を数百年にわたって守り伝えてきた地域の人々の想いへの畏敬の念を多くの学生が抱くようになった。
10 2017年度学長裁量経費による教育改革事業「真宗寺院調査をつうじた学生の可能性発見・地域貢献プログラム」 2017-09-04
~2017-09-07
2017年度の学長裁量経費による教育改革事業の一環として、2016年度に引き続き実施した真宗寺院調査を素材とする体験学習。2017年度は9月4日に事前学習を実施し、5日~6日にかけて南丹市美山町光瑞寺に赴き、調査を行った。学生たちの感想からも非常に貴重な体験となったようである。
2 作成した教科書、教材、参考書
1 工具書便利手帳(プリント) 2005-00-00 ~ 2005年度から数回担当している「専門の技法〈歴史学〉」で使用したプリント。歴史研究に必要な各種辞書類・参考書類を写真と簡単な紹介文を付して掲げたもの。2回生以降にも使用できることを前提として作成し、配布している。現在は各学年ごとに改訂増補したものを配布している。
2 史料解読の手引き 2008-00-00 ~ 2008年度「日本中世史料を読む」では試みとして、日本中世史料を読むにあたって、辞書等では分からないような訓読のコツを掴み、古文書自体の性格を理解してもらえるように、解読の手引きを配布した(現在も改善中)。
3 卒業論文執筆ガイドブック 2010-04-00 ~ 卒業論文執筆の手順をステップにしたがって解説し、事例なども交えながらガイドした小冊子。4回生に配布し活用してもらうことを目的として製作した。テーマ決定から先行研究の調べ方、史料の探し方、註の付け方など、細かい点まで歴史学科の学生に特化した内容で構成した。例年増補改訂をしながら、学生に提供している。
4 日本中世史料助字必携作成 2010-04-00 ~ 日本史の史料を読むにあたって、多くの者がつまずく日本的な助字の用法をできる限りわかりやすく理解し、解読方法を習得してもらうことを目的として作成した小冊子。例年改訂増補しつつ、演習(ゼミ)で必携参考書として配布。活用をうながしている。
5 中世史料解読ワークシート 2011-00-00
~2013-03-31
和様漢文である日本中世の史料解読能力を向上させるための教材として、ワークシートを作成・活用した。学生の記入欄と正答欄の二つを設け、予習内容と、正答を対比させながら、どの部分が課題で、どの部分が体得できたのかを学生自身が意識化できるように工夫したもの。教員側も折々にコメントを記入して返却することで、より学生への丁寧な指導とアドバイスを行なえるようになった。
6 webを活用した資料提供 2011-00-00
~2013-03-31
視覚障がいを抱える学生への教育の一環として、webを利用した資料提供をおこなった。論文や資料を多く使用する歴史の授業では、紙ベースの点訳資料は、膨大な量となり、常時携行することは困難であった。また、「かな」でしか表記できない点訳資料では、語句の意味を正確に理解することも難しかった。そのような状況を打開するため、HTML形式のファイルを作成し、アップロードして提供した。webの音声読み上げソフトでは、漢字のみの場合、誤読などもあったが、全漢字にルビを付すことによって、100パーセント正確に読み上げることが可能となり、かつ、コピー・ペーストなどの簡単な動作で、漢字を含む単語を調べることが可能となった。
7 授業ワークシート 2013-00-00 ~ 2~3回生合同の演習(ゼミ)において、毎回ワークシートを配布し、全員が主体的に先行研究文献の要約、史料解読、発見・疑問の文章化を行えるよう工夫した。また毎回コメントを付すとともに、複数の側面(ライティング力・問う力・理解力など)から簡明な評価を付けて返却した。現在も少しずつかたちを変えながら継続中。
8 中世史料主要助字一覧 2016-00-00 ~ 以前製作した「中世史料助字必携」の内容を再検討し、中世史料に頻出し、かつ重要度の高いものを厳選して再構成したもの。画数順に助字を並べ、「よみ」「意味」「用例」を付したもので、A3両面1枚におさまるように工夫した。
9 中世史料主要助字一覧(第2版) 2017-04-20 ~ 日本中世史料の和様漢文を読む上で、初学者がつまずきやすい「助字」の読み方・意味・用法について、用例等をまじえて分かりやすく解説したシートで実践研究や演習で受講生に配布し、活用してもらっている。
3 教育方法・教育実践に関する発表、講演等
4 その他教育活動上特記すべき事項
B 職務実績
1 博物館における、資料整理および各種資料製作業務。 0000-00-00 大谷大学博物館でのアルバイト勤務期間(2003年4月~2005年3月)、プレゼンテーションソフト・データベースソフト・DTPソフトを用いて、ポスター・広報スライド(プラズマビジョンで放映するもの)・キャプションなどを作成する業務に携わった。
2 2013年度第2期大谷大学教員免許状更新講習講師 2013-08-18 「地域の歴史と文化―長浜市を素材として―」というテーマのもと、本人は「戦国乱世と湖北―中世の終焉と近世の幕開け―」というタイトルで講習を担当。地域の視点をキーワードとした講習を行った。
[於:長浜市ふれあいホール]
3 2014年度第2期大谷大学教員免許状更新講習講師 2014-08-08 「調べて歩く中世京都の歴史と文化」と題して、平安~戦国ごろの京都の史跡と、その史跡に関わる史料を紹介し、歴史を知ったうえで京都を歩くことの重要性を述べた。
[於:飯田女子高等学校]
4 2014年度第2期大谷大学教員免許状更新講習講師 2014-08-17 「地域の歴史と文化―長浜市を素材として―」というテーマのもと、本人は「戦国乱世と湖北―中世の終焉と近世の幕開け―」というタイトルで講習を担当。地域の視点をキーワードとした講習を行った。
[於:長浜市ふれあいホール]
5 2015年度第2期大谷大学教員免許状更新講習講師 2015-08-07 「京都をまなぶ―見方を変えた京都の歴史―」と題して、平安京の成立と、都市平安京で生まれた御霊信仰・天神信仰などの意義について論じた。
[於:伊那西高等学校]
6 2015年度第2期大谷大学教員免許状更新講習講師 2015-08-22 「地域の歴史と文化―長浜市を素材として―」というテーマのもと、本人は「戦国乱世と湖北―中世の終焉と近世の幕開け―」というタイトルで講習を担当。地域の視点をキーワードとした講習を行った。
[於:長浜市ふれあいホール]
C 学会等及び社会における主な活動
所属期間及び主な活動の期間 学会等及び社会における主な活動
1 2001-04-00~0000-00-00 佛教史學會
2 2001-04-00~0000-00-00 日本史研究会
3 2003-04-00~0000-00-00 真宗連合学会
4 2003-04-00~0000-00-00 山科本願寺・寺内町を考える市民の会
5 2004-07-00~2007-03-00 熊野川町史編纂委員会特別委員
6 2006-10-00~0000-00-00 佛教史學會(委員)
D 研究活動
著書、学術論文等の名称単著、
共著の別
発行又は
発表の年月
発行所、発表雑誌等
又は
発表学会の名称
概要
Ⅰ著書
1 論集 仏教土着共著 2003-03-00法藏館 日本仏教の史的展開を、民衆の要求に応えるなかで、列島社会に〈土着〉 していく過程であるという仏教史理解の新たな視座に基づいて日本仏教史を捉えなおそうとする意図のもと編まれた本書の中で、本人は第Ⅰ部「真宗土着」第3章<地域>「近世初期における真宗教団土着の論理―『鷺森旧事記』の叙述」と題して、地域社会における仏教土着化の様相を考察した。とりあげたのは紀伊国における江戸時代の浄土真宗教団の事例で、近世幕藩体制のもとで正統教団を形成する<制度化>と共に、民衆レベルの要求や、在来の信仰(在来の神仏に対する信仰)を取り込む<土着化>の動向もあったことを明らかにした。
本人担当:第Ⅰ部第3章「近世初期における真宗教団土着の論理―『鷺森旧事記』の叙述」
18頁(54頁~71頁)
編者:大桑斉、共著者:安藤弥、吉井克信、平田徳、上林直子、鈴木善幸、加藤基樹、吉川邦子、北城伸子、畑中良介、江上琢成、服部幸子、武田朋宏、平野寿則、前田一郎、重田恭子、井上伸一、宮田克成、大間実、上杉義麿、福島栄寿、川端泰幸(本人)
2 真宗教団の構造と地域社会共著 2005-08-00清文堂出版 日本の中世~近世歴史過程に真宗教団が果した役割は大きく、本書はその真宗教団の特質を、1.構造そのもの、2.地域社会との関わりの2点から捉えなおそうとしたものである。本人は、第Ⅱ部「Ⅱ部 真宗教団と地域社会」第3章「大坂本願寺戦争をめぐる一揆と地域社会」を担当。戦国期における一向一揆研究最大の課題である大坂本願寺戦争(石山戦争)について、海(海運や流通)を媒介とする地域社会の視座から再検討を行った。中世的な地域社会の論理と宗教一揆としての一向一揆が結合し、近世的な国家構築を目指した織田信長政権と激烈な闘争を繰り広げるに至ったことを明らかにした。
本人担当:第Ⅱ部第3章「大坂本願寺戦争をめぐる一揆と地域社会」
32頁(266頁~297頁)
編者:大阪真宗史研究会、共著者:大澤研一、大田壮一郎、熊野恒陽、安藤 弥、藤田実、太田光俊、上場顕雄、青木忠夫、岡村喜史、吉井克信、武内善信、木下光生、川端泰幸(本人)
3 日本中世の地域社会と一揆―公と宗教の中世共同体―単著 2008-02-00法藏館 日本中世における民衆闘争の形態である「一揆」を主題とした著作で、2005年3月に大谷大学より学位を受けた学位請求論文をもとに大幅な加筆修正を加えたものである。中世社会を特徴づける一揆を一つの運動であるととらえ、公と宗教という二つの論理が一揆を支えた正当性の根拠であったことを明らかにした。中世前期から近世初頭までの時期を設定し、荘園や寺社を舞台に展開した種々の一揆の特質を究明した。
総頁数231頁
4 熊野川町史―通史編―共著 2008-03-00熊野川町史編纂委員会 和歌山県新宮市熊野川町の自治体史。本人は中世における村の歴史を担当した。当町域における中世史料群を網羅し検討を加えた結果、他の農耕地帯に比して耕地の少ない山村である当該地域では、日本の一般的な農村に比して、早く貨幣経済が浸透しており、貨幣流通に女性が関わっていたことなどを明らかにした。このことによって、中世日本における山村の経済と、貨幣浸透のあり方について、その特質の一端を解明することができた。
本人担当:第二編第一章第二節
22頁(354頁~375頁)
編者:熊野川町史編纂委員会、共著者:竹中康彦、高橋修、弓倉弘年、播磨良紀、廣本満、笠原正夫、馬場一博、岡本俊史、重松正史、池田孝雄、川合功一、田中弘倫、仲陽一、宇江敏勝、大河内智之、水島大二、山本殖生、小山譽城、木村靖、上村雅洋、左近晴久、杉中浩一郎、藤井弘章、加藤幸治、佐藤春陽、西島麻子
5 真宗本廟(東本願寺)造営史―本願を受け継ぐ人びと―共著 2011-07-01東本願寺出版部 江戸時代をつうじて度重なる火災による焼失と再建を重ねてきた東本願寺の造営事業の意義に、建築史・文献史・美術史など多角的な視点から迫った書。そのなかで、東本願寺創建以前の前史となる部分、とくに石山合戦終結後、大坂の地を離れて、紀伊鷺森・和泉貝塚・摂津天満と寺地の流転を重ねた時代の概説を担当し、流転を支えたのが、全国僧俗の懇志・懇念であったことを論じた。
本人担当:本編Ⅱ部4章
8頁(143頁~150頁)
監修:木場明志、平野寿則。編集:大谷大学真宗総合研究所真宗本廟(東本願寺)造営史資料室。共著者:伊藤延男、川上貢、永井規男、櫻井敏雄、山岸常人、畠中光享、草野顕之、安藤弥、大桑斉
6 教如と東西本願寺共著 2013-12-28法藏館 東本願寺十二代宗主教如および本願寺の東西分立をめぐる諸問題について、さまざまな角度から検討を加えた論集。このなかで、本人は第Ⅰ部「本願寺教如と東西分派」4「家康との関係 教如の東本願寺創立」を担当した。これまで教如と徳川家康の関係や東西本願寺分立の経緯については、後世の伝記などの叙述を前提としており、十分な検証がなされていなかった。そこで、同時代史料や、後世の史料をあわせて検討しなおし、教如の主体性、徳川家康側の意図、当時の政治状況など複数の要因が重なって東本願寺が創立されたことを明らかにした。
本人担当:第Ⅰ部4章「教如の東本願寺創立」
19頁(118頁~136頁)
編者:同朋大学仏教文化研究所、共著者:青木馨、安藤弥、遠藤一、太田光俊、岡村喜史、小山正文、蒲池勢至、川端泰幸(本人)木越祐馨、金龍静、草野顕之、松金直美、山口昭彦、吉井克信
7 契約・誓約・盟約共著 2015-10-15竹林舎 本人担当の「地域社会と「契約・誓約」」で、日本中世の地域社会という空間において見られる「契約」「誓約」行為について、①共同体内部(内)、②共同体間(横)、③諸階層(縦)という三つの視点から検討を加えた。その結果、いずれの側面でも、契約・誓約事項を神仏に誓うことが重要な意味を持っていたことを明らかにした[総頁数494頁][本人担当204~228頁]。
編者:酒井紀美、共著者:河内将芳、川端泰幸(本人)、窪田涼子、小林一岳、酒井紀美、櫻井彦、佐藤雄基、志賀節子、大喜直彦、高谷知佳、田村憲美、則竹雄一、東島誠、平井上総、藤井崇、古野貢、矢部健太郎、渡辺滋
8 中世村落と地域社会共著 2016-04-25高志書院 本人担当の「中世後期における村落構造の変質―山城国上久世荘の場合」」では、荘園経営の実務に携わる「公文」に着目し、東寺領荘園上久世荘という地域において公文寒川氏が果たした役割を検討し、当初は領主側から任命され、支配者としての性格の強かった寒川氏が、やがて荘園民衆の側に重心を移し、性格変化していくことを跡づけ、村落の規定性が中世後期に強まることを明らかにした[総頁数377頁][本人担当237~266頁]。
編者:荘園・村落史研究会、共著者:髙木徳郎・前田徹・中村直人・小橋勇介・守田逸人・廣田浩治・川端泰幸(本人)・前原茂雄・坂本亮太・小倉英樹・若林陵一
9 顕如共著 2016-06-20宮帯出版社 本願寺第11代・顕如の生涯について、政治・宗教・文化・都市など諸分野の専門家が多角的に追究した論集。本人は「一向一揆と織田武士団」というタイトルで各地での一向一揆と諸権力との関係について再検討を加え、織田信長とその武士団にとって一揆との戦いという経験が、理解の範囲を越えたものであり、和睦後に急速に関係を修復して近世的な武士と民衆の関係を再構築しなければならない状況に至ったものであると結論した。
[総頁数330頁][本人担当76頁~95頁]
編著者:金龍静、木越祐馨。共著者:安藤弥、弓倉弘年、川端泰幸(本人)、大澤研一、武内善信、小谷利明、草野顕之、岡村喜史、大原実代子、太田光俊、塩谷菊美。
10 ここまでわかった本能寺の変と明智光秀共著 2016-10-19洋泉社 本能寺の変前後の本願寺と織田信長との関係について、当時の本願寺の立場や社会情勢を踏まえて再検討した。11年にわたる石山合戦終結後も、信長から逃れて各地を流浪した本願寺教如(東本願寺第12代)が、北陸で一向一揆の力を再結集し、上杉氏と共闘することで、信長の信越地方進攻を阻んだ結果、信長周辺に軍勢のいない状況を生みだし、本能寺の変の前提条件を用意したことを明らかにした。[総頁数239頁][本人担当198頁~210頁]
編著者:洋泉社編集部。共著者:天野忠幸、荒木和憲、遠藤珠紀、金子拓、桐野作人、黒川孝宏、芝裕之、髙橋裕史、谷口克広、永田教教、早島大祐、平井上総、福島克彦、堀越祐一、和田裕弘。
11 日本生活史辞典共著 2016-11-00吉川弘文館 日本生活史に関する辞書で、「一味神水」「一揆」「寺内町」「村掟・村極」「楽市楽座」「「悪口」「籤」「国質」「喧嘩両成敗」「郷質」「逃散」「徳政」「放火」の各項目について解説を担当した。
12 古代・中世の地域社会 「ムラの戸籍簿」の可能性共著 2018-09-20思文閣出版 古代から中世にかけての列島社会におけるムラについて、文献史料を用いてデータベース化し、そこから国制上の地域区分である国・郡・荘などとは異なる人々の生活世界としてのムラの様相を明らかにすることを目指す論集。本人は第Ⅰ部で「紀伊国の郷―名草郡日前宮領を中心に―」と題する論文を執筆し、「郷」という地域単位が人々の生活世界といかにかかわっているのか、またどのように変化していったのかを明らかにするとともに、日前宮領の「郷」がやがて近世村へとつながっていくことを指摘した。
[総頁数519頁]
[本人担当154頁~175頁]
編著者:大山喬平・三枝暁子、共著者:山内譲・小林昌二・鎌倉佐保・木村茂光・村上絢一・川端泰幸(本人)・花田卓司・吉永隆記・谷昇・門井慶介・服部光真・伊藤哲平・松井直人・上川通夫・春田直紀・山本隆志・海老澤衷
以上12点
Ⅱ学術論文
1 紀州惣国の形成と展開単著 2001-03-00『大谷大學史學論究』7号(大谷大学文学部史学科) 戦国期紀伊国に成立し、天正13年(1585)の羽柴秀吉による紀州攻めで滅亡するまで、自治を続けていた村と村の連合体である惣国一揆「紀州惣国」を取り上げ、研究史上錯綜していた「紀州惣国」の成立時期や構造的特質を追究した。まず成立時期が戦国期半ばとされていたものが室町時代初期であったことを指摘、さらに紀州惣国の滅亡が、中世から近世への転換点を代表する事態であったと位置づけた。
35頁(50頁~84頁)
2 中世地域社会と村落・公・宗教―紀伊国相賀荘柏原村西光寺を素材として―単著 2002-12-00『大谷大学大学院研究紀要』19号(大谷大学大学院) 日本中世有数の荘園領主である高野山所領荘園の事例を取り上げた。具体的には高野山領相賀荘柏原村に残される区有文書を素材に、村落における信仰生活の中心であった「村堂」への人びとの土地や物、金銭の寄進行為を検討した。そこで明らかになったことは、荘園領主が政治的・経済的に設定した中世の土地制度=荘園制の枠組みとは別に信仰を媒介にした民衆のつながりが、地域社会としてのまとまりを作るということであった。
32頁(225頁~256頁)
3 戦国期紀州門徒団における年寄衆の性格単著 2003-01-00『眞宗研究』47号(真宗連合学会) 一向一揆を担った真宗門徒の集団的な特質を明らかにしようと試みた論文。門徒集団の指導層である「年寄」と呼ばれた人びとの実像を、紀伊雑賀門徒の事例から探っていくこととした。各種の古文書を検討した結果、一向一揆は一般の一揆と異なるものではなく、日本中世における民衆結合成立時の理念である「惣」という概念によって結ばれた他の一揆とも共通する要素をもつことが明らかになった。
19頁(123頁~141頁)
4 紀州「惣国」研究の課題と展望共著 2003-08-00『和歌山地方史研究』46号(和歌山地方史研究会) 「紀州惣国」一揆研究について、その研究史と課題、今後の展望をまとめた研究ノート。これまでの主要な研究を網羅した上で、それらの抱える課題(とくに、郷土史的な議論にとどまっており、歴史学一般における惣国一揆論との比較検討や対話が十分にできていない閉鎖された状況にある点)を指摘し、今後、他の領域とも議論を重ねることで、日本中世史一般にとっても非常に重要な問題を提起できることを指摘した。
共著者:坂本亮太、野田阿紀子、川端泰幸(本人)
本人担当:全体のまとめ
13頁(65頁~77頁)
5 『紀州一件委細書』考-録所・触頭争論にみる近世本願寺の論理と歴史叙述単著 2005-07-00『歴史の広場』7号(大谷大学日本史の会) 近世中後期における真宗教団の異端をめぐる問題に着目した論文。紀伊国に起こった興正寺系末寺を中心とする別派独立運動事件を記録した「紀州一件委細書」という書物をテクストとして、本山と末寺の争論過程を細かく検討。その著者が近世西本願寺において、本山の正統言説にもとづく教団史を描いた宗門歴史家の玄智景耀であったと推定。近世において教団が正統性を確立するなかで異端が生み出されることを明らかにした。
21頁(4頁~24頁)
6 和太荘の構造-日前宮と在地寺社ネットワーク単著 2006-03-00『和歌山平野における荘園遺跡の復元的研究―中世日前宮領の研究―』(平成15~17年度文部省科学研究費補助金研究成果報告書・課題番号15520403) 日本中世史家の網野善彦が中世史像のイメージを作った日前宮(紀伊国一宮)領荘園の復元研究。本人は同宮領荘園に散在する寺社と、和太荘と呼ばれた平安末期に塩入地を開拓して形成された荘園を素材に、宗教を紐帯とする空間構造の存在を明らかにした。とくに寺社に関しては多くの寺社群が日前宮の年中行事体系の中に組み込まれており、日前宮が中世的な大規模荘園領主となりえた背景が信仰の掌握であったと結論づけた。
13頁(215頁~227頁)
7 中世熊野の経済と人々の生活単著 2006-08-00『熊野川町史研究』3号(熊野川町史編纂委員会) 『熊野川町史―通史編―』のもととなった論稿。熊野地方に残された中世文書(土地や物の売券)を素材として、同地域における売買・貸借のあり方を考察。当該地域における経済慣習の特徴を明らかにすることができた。とくに、耕地が少なく農耕生産に依拠しないこの地域においては、早くから貨幣経済が浸透し、中世日本の他地域よりも早く経済慣習が成立していたことが明らかになった。
18頁(53頁~70頁)
8 紀ノ川河口部における神事と地域社会秩序-日前国懸神宮年中行事を素材に単著 2006-09-00『日本史研究』529号(日本史研究会) 紀伊国日前宮の年中行事を素材に、その年中行事や神事が地域社会の地域秩序形成にどのような影響を及ぼしていたのかを考察した。「応永神事記」と呼ばれる南北朝時代の年中行事記を分析、そこから応永年間に日前宮が年中行事を再構築することで領域の支配を再強化する動向と、生業に関わる行事に民衆の側も参加する動向の二つを見出し、そうした相互関係のなかで領主と民衆がつながり地域秩序を形成していくとの見通しを示した。
27頁(13頁~39頁)
9 信長の「天下」と一向一揆―元亀元年の開戦をめぐって―単著 2009-07-00『佛教史研究』45号(龍谷大学仏教史研究会) 織田信長と本願寺・一向一揆との足かけ11年にわたる石山戦争について、これまでの<事実に最も近い史料>のみを取捨選択して石山戦争の過程を追いかける研究方法を一旦横におき、元亀元年開戦時の史料をもとに、一向一揆がどう見られていたのかという視点からアプローチした。その結果統一権力の思考と相容れなかった諸階層が、信仰を紐帯として結びついたものが一向一揆であったことを明らかにした。27頁(1頁~27頁)
10 中世日本の水と神社祭祀単著 2010-03-31『文化交渉による変容の諸相』(次世代国際学術フォーラムシリーズ 第2輯、関西大学文化交渉学教育研究拠点)

本論文は人類学、歴史学、社会学などの諸領域の研究者が、水と信仰に関わるシンポジウムを行った際の発表内容を論文としてまとめたものである。水と宗教との関係に着目し、日本におけ神道的な「神」のベールを外し、「カミ」として検討し、日常的な生業や生活に関わる「カミ」の姿を浮かびあがらすことができた。また、そうした人びと不可分の関係にある「カミ」を「神」として掌握することが、列島社会の支配体制にとって重要であったことも指摘した。24頁(99頁~122頁)
11 秀吉政権と木食応其単著 2012-03-14『大谷大學史學論究』第17号(大谷大学文学部歴史学科) 戦国期、豊臣秀吉の軍事侵攻から高野山を救った僧侶「応其」を取り上げ、なぜそれまで無名であった応其が、秀吉との交渉を担い、京都東山大仏殿造営など、秀吉政権において重要な役割を担ったのか、その背景を考察した。そのなかで、応其が連歌を媒介に、当時の政局を左右する人びとと密接な関係をもっていたことを見い出した。また、応其の活動から、秀吉政権の特質にも触れ、後世の救済も課題としていたことを明らかにした。30頁(1~30頁)
12 日本中世の水利と共同体単著 2013-03-31中国水利史研究会、『中国水利史研究』第41号 東アジアの水利と共同体を研究する会において、日本の水利と共同体との関係をテーマに報告した内容をまとめたもの。おもに12~15世紀の日本における水利にかかわる文献史料を分析し、水利をめぐる支配者(領主)と被支配者(農民)の関係をあとづけたもの。当初は、支配者である荘園領主の庇護を受けざるをえなかった農民が、やがて水利を媒介に結束を強め、自らが属する荘園という枠組みを超えた地域を形成していく過程を明らかにした。[総頁数139頁][本人担当67頁~82頁]
13 本願寺大坂退去の意義単著 2015-03-18『大谷学報』第94巻第2号 天正8年(1580)、織田信長との講和が成立し、本願寺が大坂の地を退去したことについて、政治的な意義と本願寺自体にとっての意義の二つを検討した。政治的な側面では公家社会の中で本願寺の存続が望まれていたこと、本願寺そのものにとっては親鸞聖人御座所である大坂をいかに理解するかということが求められたものであったことを明らかにした。[総頁数25頁][本人担当1頁~25頁]
14 教如と織豊武士団単著 2016-01-30『真宗研究』第六十輯 東本願寺第十二代・教如と織田・豊臣両氏に仕えた武士団との関わりを通して、当該期浄土真宗教団の存在意義を明らかにしようとした論文。十一年にわたる「石山合戦」後、蜂屋頼隆や金森長近・遠藤慶隆・蒲生氏郷・太田牛一ら、石山合戦期に本願寺と徹底対立した武士たちと教如の間で急速な関係修復が図られている事実を明らかにし、一向一揆との対決の経験を踏まえて、領国支配などの円滑化のために関係修復へと向かったとの見通しを述べた[総頁数17頁][本人担当216頁~232頁]
15 教如上人消息一覧単著 2017-03-00『大谷大學研究年報』第70集 東本願寺第十二代・教如が発給した消息(手紙)を一覧データベース化したものを提示するとともに、教如の生涯と教如研究が、単に仏教者としての教如個人の生涯をたどるだけではなく、彼の生きた戦国から近世への転換期の時代・社会の特質や、天下統一を果たした織田信長・豊臣秀吉・徳川家康ら権力者の目ざしたものを相対化して捉える意義をも持つものであると指摘した。46頁(71頁~116頁)
以上15点
Ⅲ 口頭発表・その他
1 中世紀州の地方寺社と地域社会―紀ノ川流域を中心に口頭発表 2001-05-192001年5月例会(佛教史学会) 佛教史学会の例会報告。中世社会を地域と宗教の視座から捉える試みとして、紀伊国の紀ノ川流域における諸寺社を素材に、宗派(中世ではさほど明確に分かれてはいないが)を異にする寺社同士が、互いに法会などにおいて連携するネットワークをもっていたことを明らかにした。さらにそのようなネットワークが地域社会の秩序を形成していく可能性のあることを指摘した。
[発表時間60分]
2 戦国期紀州門徒団における年寄衆の性格口頭発表 2002-06-07真宗連合学会第49回大会(第2部会) 真宗門徒の代表者であった年寄衆の性格について検討したもの。年寄衆という呼称自体は、中世村落の指導者層を指す事もあり、両者が異なる性格をもつのか、あるいは同質のものであるのかを追究した。とくに石山戦争を支えた雑賀門徒の事例から考察を加えた結果、明瞭に分けることは困難であるものの、信仰の世界における年寄衆と、世俗の世界における年寄衆の間には性格の相違があったという結論に達した。
[発表時間20分]
3 中世地域社会の境界領域と祭祀口頭発表 2003-09-132003年9月例会(日本宗教民俗学会) 日本の中世における聖と俗を区切る神聖な境界、あるいは地域と地域の間を区切る物理的な境界。こうした境界に着目し、そこに関わる宗教的な意味を考察した。領域争いの際、境界に神木を立てる慣行や、天変地異・支配者の代替わりに都市空間(京都や鎌倉など)の境界にある水辺で祓えが行われていた事例を取り上げ、境界に神聖性を付与することによって、現実的・日常的な諸問題に対処していた中世日本の心性を明らかにした。
[発表時間60分]
4 天正13年秀吉紀州仕置の意義 ― 一揆の時代の終焉をめぐって-口頭発表 2004-09-252004年9月例会(和歌山地方史研究会例会) 天正13年(1585)、羽柴秀吉が行った紀伊の一揆征圧作戦の中でも、とくに大規模であった太田城水攻めに関して、秀吉がお伽衆の大村由己に製作させた「紀州御発向之事」と題する軍記物語と、現地に残された水攻め関係史料を比較検討した結果、秀吉の意図が一揆を「悪逆」や「悪党」といった自らの平和に抗する「悪」の行為であるといった論理に押し込めることにあったと結論づけた。
[発表時間60分]
5 金龍静著『一向一揆論』書評 2006-06-00『日本史研究』526号(日本史研究会) 一向一揆研究者の金龍静氏が上梓した研究書『一向一揆論』の書評。発展段階論に基づくグランドセオリーが自明ではなくなった近年、不活性化している一向一揆研究のなかにあって、一向一揆研究の第一人者ともいえる著者が宗教一揆として一向一揆を捉えることの重要性を提起したことを評価すると共に、近年の一揆研究や戦国期研究の成果も取り入れて有機的な一向一揆像を描くべきであると提言した。
8頁(60頁~67頁)
6 苅米一志著『荘園社会における宗教構造』書評 2006-08-00『佛教史學研究』49巻1号(佛教史學会) 著者の研究課題でもある荘園制と宗教との関係について論述された苅米一志氏の著書の書評。問題関心や、宗教を基礎に荘園制社会を見直そうとする視点に共感を示し、評価を行うとともに、方法的な点において課題が残されていることを指摘した。
6頁(114頁~119頁)
7 中世社会の秩序変動と宗教口頭発表 2006-10-21佛教史学会57回学術大会(佛教史学会) 中世日本における地域社会の形成を後押しした背景として、これまでは視座に入れていなかった大陸との関係を取り入れて再検討した。とくに蒙古襲来などの外圧を受ける中で形成され、その後も日本の思想に大きな影響を与えた神国思想が、宋代の中国仏教(禅・律)の思想を学んだ僧(たとえば重源・叡尊・無本覚心ら)によって生み出されたものであったと述べた。
[発表時間 30分]
8 惣国一揆像の再構築―紀州惣国の終焉まで―口頭発表 2009-08-23第47回中世史サマーセミナー(中世史サマーセミナー実行委員会) 天正13年の羽柴秀吉紀州攻めを中世史に位置づけるために行った。地域に残された中世文書を解読しながら、紀州惣国一揆の土台となったものが民衆の結合と領主支配の強烈な対抗関係であったことを明らかにした。また秀吉の天下統一の政治・軍事行動過程も関連させて検討した結果、紀州惣国一揆が日本中世の一揆一般を代表する典型であり、秀吉が全国の一揆解体を行うために、紀州攻めに象徴的な意味を持たせたことなどが明らかになった。
[発表時間30分]
9 中世日本の水と神社祭祀口頭発表 2009-12-12ICIS第2回次世代
国際学術フォーラム(関西大学文化交渉学教育研究拠点)
「文化交渉による変容の諸相」と題されたシンポジウムで、日本中世の水と神社祭祀の関わりを検討した。そのなかで日本における水の聖性が人びとの生業と密接に関わって生成されることを指摘した。中国・台湾・韓国・日本それぞれの水をめぐる信仰のあり方についての討論を行うなかで、東アジアに共通する要素と、各国における独自の展開についても明らかにすることができた。
[発表時間 30分]
10 峰岸純夫著『中世社会の一揆と宗教』書評 2010-02-00『日本史研究』570号(日本史研究会) 中世史研究の第一人者である峰岸純夫氏が、これまでの研究論文を新たな意図のもとに編み直した本書の書評を行った。単線的な発展段階論に基づく歴史の見通しは破綻したたとしても具体的な史実分析から歴史のビッグストーリーを再構築したいとする著者の意図に賛意を表し、かつての論文として読むのではなく、今この時点において新たな展望を示すものであると評価した。
7頁(74頁~80頁)
11 鍛代敏雄著『戦国期の石清水と本願寺』書評 2010-03-15『歴史学研究』864号(青木書店、歴史学研究会) 商品流通や交通の視座から日本中世後期における寺社勢力の位置づけを行ってきた著者が、石清水(八幡宮寺)と本願寺という2大寺社勢力をとりあげ、淀川水系を一つの地域社会として統合して捉えようとした本書について、視点の斬新さを評価しつつも、それらの寺社の自立性を裏づけていた背景についての検討が不足していることを課題として指摘した。
4頁(43頁-46頁)
12 秀吉政権と木食応其口頭発表 2010-07-24大谷大学日本史の会大会 戦国期、豊臣秀吉の侵攻から高野山を救った木食応其について、その事績や秀吉政権との関わりが何に由来するものであったのか、その背景について諸史料を用いて論じた。その結果、連歌を媒介とする秀吉周辺の重要人物の文化的つながりのあることを明らかにし、さらに秀吉政権が応其を登用しておこなった東山大仏殿造営などから、秀吉政権の宗教性の重要性を指摘した。
[発表時間20分]
13 紀伊国ムラの戸籍簿について口頭発表 2010-10-11「ムラの戸籍簿」研究会シンポジウム 8~16世紀の日本列島においてムラは、国家の正式な行政単位ではなかったが、生活レベルでは常に存在し続けていた。そのようなムラの特質を把握すべく、列島全体の文献史料から「ムラ」を網羅的に収集する作業に取り組んでいる研究会の成果報告。本人は担当した「紀伊国」におけるデータ収集の結果を踏まえて報告した。そのなかで10~12世紀にほとんど見られないムラが13世紀以降急激に増加するという特徴を指摘した。
[発表時間30分]
14 日本中世の水利と共同体口頭発表 2011-10-29中国水利史研究会 アジア諸国の水利に関する研究者が、それぞれの地域や事例を報告する研究会で、日本古代から中世にかけての水利と共同体との関係の特質について、水害からの河川・用水路復興や、用水争い、用水の維持管理などといった事例を挙げて論じた。そのなかで、東アジア諸国と異なる点として、村や荘園など地域共同体が主体的に水利権を獲得し、維持・管理・運営していることを特質として指摘した。
[発表時間60分]
15 公家が見た戦国社会―山科家礼記の世界―講座 2012-09-002012年度京カレッジ京都力養成コース 戦乱と飢饉・天災が相次いだ15 ~ 16 世紀、洛東山科(現・京都市山科区)の地に領地をもつ公家・山科家の日記『山科家礼記』には、地域社会に生きた人びとの生活や心性が豊かに描かれている。この講座では、『山科家礼記』を手がかりに、食文化・流通・儀礼・紛争・民衆運動など、日常的に生起していた様々な事象をとりあげ、この時代に生きた人びとの目に映った「戦国社会」の諸相に迫った。[1回90分×4回]
16 ムラの戸籍簿研究会第3回シンポジウムパネルディスカッション司会パネルディスカッション司会 2012-10-15ムラの戸籍簿研究会 古代から中世にかけて、日本のムラがどのような変遷をたどったのかを追究する研究を進めている「ムラの戸籍簿研究会」の第3回シンポジウム(於立命館大学)において、小林昌二氏(帝京大学)・海老澤衷氏(早稲田大学)・大山喬平氏によるパネルディスカッションの司会を務めた。
17 南海の幕末・維新―紀州における異国船対応を中心に―講演 2012-11-24中岡慎太郎館2012年度秋期企画展関連講座 中岡慎太郎館で開催された2012年秋期企画展「幕末の情報―激動の時代を駆け抜けた情報をめぐって―」の関連講座講演。西洋列強が開国を迫った幕末・維新期、大名や民衆がどのように西洋という世界を受け止め、理解し、対応したのかについて、紀州藩の事例を中心に紹介した。その中で特に大黒屋幸太夫などの漂流民が体験した「西洋」というパラダイムが日本の幕末・維新を揺り動かしたことを指摘した。[60分]
18 最近読んだ本 木場明志・平野寿則監修、真宗本廟(東本願寺)造営史資料室編『真宗本廟(東本願寺)造営史―本願を受け継ぐ人びと―』紹介 2013-02-20『歴史の広場』第15号 2011年の親鸞聖人750回御遠忌にあわせて出版された『真宗本廟(東本願寺)造営史―本願を受け継ぐ人びと―』の内容紹介および、当該書籍の特長について論じたもの。建築・美術・文献・民俗など諸分野の研究者が一同に会して編まれた当該書籍が出されたことの意義や、初公開となる文献・図面史料類の紹介がなされたことの意義について述べた[5頁][65-69頁]。
19 北山十日講法宝物調査報告書 2013-02-20北山十日講法宝物調査班編 西美濃地域で、東本願寺第十二代教如の遺徳を偲ぶために結ばれた「北山十日講」の法宝物調査報告書。調査から報告書作成まで調査メンバーの一員として関わった。十日講の共有法宝物である教如上人寿像や、江戸時代の東本願寺家臣書状、幕府からの触状の写しなどについての解説を執筆、レイアウト・編集なども担当した。[総頁数55頁][本人担当1頁~55頁]
20 解説分担執筆 2013-04-01図録『教如上人 東本願寺を開かれた御生涯』(東本願寺出版部) 2013年4月、真宗大谷派で執り行われた東本願寺第12代教如上人400回忌法要事業の一環として出版された図録の解説を分担で執筆したもの。
21 ハガキ通信その他 2013-05-01『日本歴史』 日本史研究雑誌『日本歴史』のハガキ通信覧に、教育・研究上の近況などを掲載した。
22 中世後期村落と中間層の位置─山城国上久世荘の場合─口頭発表 2013-07-28荘園・村落史研究会シンポジウム 荘園・村落史研究の新たな方向性を模索するシンポジウムでの報告。一般的に日本では中世後期(とくに戦国期=15世紀)に自治的な村落が誕生し、それが江戸時代以降、近代に至るまでの「ムラ」の基礎を形づくったとされている。本報告では、いかなる要因によって、その変化が起きたのかを、東寺領荘園上久世荘を素材として検討し、政治・経済・自然環境など諸要因が重なったことが背景にあったことを指摘した。[発表時間40分]
23 中世後期の村落結合口頭発表 2013-11-10史学会第111回大会(日本中世史部会)  本報告は、「民衆が歴史を動かす主体」となったとされる戦国期において、その主体たる民衆および村落がいかなる変容を遂げるのかを明らかにすることを目的とし、京都近郊の東寺領荘園上野荘を素材に、特に日常生活の側面に重点を置いて検討を加えた。上野荘では過酷な自然条件の中で民衆が対領主・対近隣との交渉において、多様な論理を創出・駆使している実態を明らかにした[発表時間25分]。
24 統一政権と一向一揆口頭発表 2014-01-25松平シンポジウム「三州に一揆おこりもうす―三河一向一揆の本質を問う―」基調報告(安城市歴史博物館) 徳川家康が初めて向き合った三河での一揆について、その本質をどのように捉えるかというテーマで行われたシンポジウムでの基調報告。統一政権、特に織田信長が11年にわたって争った石山合戦期に「一揆」がどのように受け止められていたのかを再考した上で、三河での一揆を「一向一揆」と理解すべきであるとの見解を提起した。[発表時間20分]
25 ムラの戸籍簿シンポジウムパネル司会 2014-03-08ムラの戸籍簿研究会シンポジウム 古代から中世にかけてのムラのあり方を追求する研究会で「ムラを探る」というテーマのもと行われたシンポジウムパネルディスカッションで司会を担当した。
26 聖俗交錯する都市―中世京都―講座 2015-02-28京あるきin東京2015 中世とくに戦国期の京都は、応仁の乱などの戦乱を経験しながらも、政治・経済・宗教・文化の中心でありつづけた。本講座では、聖(宗教・信仰・祭礼など)と俗(政治・合戦・文化・動乱など)という二つの視点から、中世京都とそこに生きた人びとの姿を紹介した。
27 西光寺蔵『記録由緒書』(諦観山西光寺略記)共著 2015-03-00『同朋大学佛教文化研究所紀要』第34号 香川県宇多津に所在する西光寺(浄土真宗本願寺派)所蔵の同寺縁起を紹介した。[総頁数30頁][本人担当57頁~61頁]
28 教如と織豊武士団口頭発表 2015-06-12真宗連合学会第62回大会 東本願寺十二代の教如が、石山合戦期に徹底対立していた織豊武士団と合戦後に一転融和的関係を結ぶようになった背景について考察し、武士たちは支配の円滑化と一揆防止のためにも本願寺や教如との関係を修復する方向へ動いたのということを明らかにした[発表時間20分]。
29 初期東本願寺と「講」口頭発表 2015-07-25大谷大学日本史の会2015年度大会 慶長年間に成立した東本願寺(現真宗本廟)であるが、その初期段階における僧俗集団である「講」についての研究は少ない。報告では東本願寺においては洛中と地域において展開した講があることを指摘し、講が信仰・経済の基盤となったことを明らかにした。
30 真田幸村とその時代の暮らし講座 2015-10-20高槻稲穂塾城内10月例会 近世初期の武将であった真田幸村(信繁)を取り上げ、その生涯を史料に沿って紹介し、幸村が近世に英雄化・伝説化する背景に、徳川権力の支配下にあって、身分や生業などが固定化された人びとの抵抗する意識があったことを指摘した。
31 新刊紹介 海老澤衷・高橋敏子編『中世荘園の環境・構造と地域社会―備中国新見荘をひらく―』新刊紹介 2015-12-00『史学雑誌』第124編第12号 現地踏査と文献史料の検討をあわせて新たな荘園史を提示しようとした本書について、その内容を紹介するとともに、今後の荘園史研究の新たな可能性を示す成果であると評した。
32 長谷川裕子著『戦国期の地域権力と惣国一揆』書評 2018-05-00日本歴史学会『日本歴史』840号 長谷川裕子氏の著書『戦国期の地域権力と惣国一揆』の書評。15~17世紀といういわゆる中近世移行期のそのなかにおける権力や地域の変化の段階を明らかにしている点などを評価した。[総頁数128頁][本人担当109頁~111頁]
33 蓮如上人とその時代講演 2018-06-24東本願寺日曜講演 東本願寺日曜講演において「蓮如上人とその時代」と題した講演を行った。戦国乱世の社会においてあいつぐ戦乱や天変地異・大飢饉・法難といった困難と向き合い、封建社会のパラダイムとは全くことなる世界観と信仰のあり方を築いたことを明らかにした。
34 蓮如上人とその時代講演 2018-10-01ともしび(真宗大谷派教学研究所) 東本願寺日曜講演の講演録。本願寺第8代蓮如の生涯をとりあげ、戦乱と飢饉・災害などが続いた戦国時代において、それらの困難と向き合った蓮如の打ち立てた信仰のあり方を明らかにした。
以上34点

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